ラッパズイセン等/ダフォディル(Daffodill)のエネルギー│再生と春の喜びを表現する華やかなスイセンたち

意志と行動

 今回はスイセン[Narcissus]の中でも、暖かくなる頃に咲く、ラッパスイセンをはじめ華やかなスイセンたちについて、私の感じるところやこの植物に纏わるエピソードから考察していきます。

 スイセンの栽培がより盛んな西洋では、品種により、纏う雰囲気などの違いから「ダフォディル/Daffodill」「ナルキッソス/Narcissus」の二つに呼び分けているそうです。

 今回は、スイセンの中でも、『ナルキッソス神話に漂う「自己陶酔」や「悲劇」の影よりも、春の「再生」や「歓喜」を強く連想させるスイセンたち』のことを指す「ダフォディル」のエネルギーに焦点をあてていきます。

1. 生態プロフィール

一茎一輪

ひとつの茎の先に、堂々とした一輪の花を咲かせるものが主流です。

副花冠(ラッパズイセン)

花の中心にある「ラッパ」の部分が長く、外側の花びらと同等、あるいはそれ以上の長さを持ちます。

鮮やかなビタミンカラー

鮮やかなイエローやゴールドが象徴的。近年ではホワイトやオレンジ、ピンクの副花冠を持つものなど、多種多様な園芸品種が存在します。

太陽への追従

花が太陽(光)の方向を向いて咲く性質があり、群生して一斉に同じ方向を仰ぐ姿は「春の歓喜」の象徴とされています。

耐寒性球根植物

冬の厳しい寒さを経験することで、春に力強く芽吹くエネルギーを蓄えます。

毒性

スイセン属全般に共通して、球根や茎葉にアルカロイド系の毒(リコリンなど)を含みます。

2. 考察

考察に入る前に(ちょっとしたおことわり)

 今回、『ラッパスイセン等を指す「ダフォディル」が話』の中心なのですが、実は、私がこの「ダフォディル」という言葉と概念を知ったのは、この記事を書き終わ頃でした。
 つまり、今回ラッパスイセンなど春の庭に咲くスイセンのエネルギーを汲み取ろうと試みた時には、その呼び分けを知らない状態でのスタートとなり、考察や記録もその前提で進めてしまっています。

 「ダフォディル」について知ったとき、やり直しや書き直しも検討したのですが、あえて、できるだけそのままに、共有することにしました。知らない状態で書いたものをそのまま共有する方が、「ダフォディル」のエネルギーの輪郭が浮き彫りになるような気がしたのです。また幸い、私の今回の鑑賞と考察対象がダフォディルであったことは間違いなさそうなので、そこの齟齬についてもクリアしています。

 表現が伝わりやすいようにはテコ入れはしているものの、この経緯を理解しておいてくださるとより理解の助けになると思います。よろしくお願いします。

2.1 「予備知識」による先入観

ダフォディルという概念を知らず、ナルキッソスの物語のみ知っていた頃の話

 スイセンといえば、最初に頭に浮かぶのは、Narcissusナルキッソスの物語でした。

 ギリシャ神話に登場する美しい青年ナルキッソス。
 自身の美しさを愛で、また他者からの愛には冷たく突き放すような態度をとっていた彼は、呪いの女神の呪詛を受けてしまいます。その呪いによって、泉に映る自分の姿に恋をし、そしてそのまま命を落としてしまう…

という物語です。そして、彼が変化した花がスイセンだと、神話では語られます。

左:『ナルキッソス』 1600年頃 カラヴァッジオ
右::『エコーとナルキッソス』 1629年頃 二コラ・プッサン

 その物語から、花言葉も「うぬぼれ」「自己愛」と、人に贈るには躊躇われるような言葉が並びます。また、この神話は「narcissism(ナルシシズム)」 の語源となるストーリーでもあります。

 スイセンについてのそれらの知識を持っていて、「ちょっと、なぁ。」という感想を持つ人もいるのではないでしょうか。少なくとも私は、その美しさを素直に賞賛し受け取るというよりも、ナルシシズムのフィルターを通してしまい、美しいと評価することを少し躊躇してしまう植物でした。

2.2 人々を惹きつける、美しい容姿から受け取るもの

 とはいっても、やはり美しい植物だなと、感じてました。

 年末、まずはニホンスイセンが寒さの中から顔を出し、冷たい空気の中で凛としている姿を皮切りに、冬から春へのグラデーションの中で、様々な品種がリレーをしていく。

 三寒四温の季節に入ると、ホワイトからオレンジ、イエローというビタミンカラーの花が一斉に顔を出し──

「今年光の季節が来たよ」

「ほら、輝く私を見て」

と喜ぶような姿がまぶしく思えて。 特に暖かくなってきた頃に咲く、フリルや八重咲のスイセンは見事です。光の季節、暖かさの到来を喜び、スイセン自身も体で目一杯春を愛でているように感じました。

 また、俯き加減な様子は、この花を一段引き上げるかのようで。プライドのような、少しお高く見せようとしているような。喜びを素直にすることに照れているような。

 ──そんな印象を、華やかに咲くのスイセンから受け取っていました。

2.3 『ナルキッソスの悲劇』を思い起こすほどのものではない?

 そして、どのような姿(品種)のスイセンでも、酔いしれるような美を振り撒く姿の背景には、「自分がどう見えているか?」という自意識が滲んでいるようにも感じていました。
 ただその自意識も、強弱があるのでしょうか。花咲く華やかなスイセンと向き合い鑑賞してみると、『ナルキッソスの悲劇』を思い起こすほどのものではないなぁという印象でした。

ナルキッソスという属名の謂れ:植物としての特性

 ここで思い出したのは、スイセン纏わる「ナルキッソス」の、物語以外の云われです。

 ナルキッソスの語源は、ギリシャ語で「しびれ」「麻痺」「昏睡」を意味する「ナルケー(narkē)」から来ていると言われています。さらに、スイセンにある2つの特徴が、「麻痺」などを意味するこの言葉と、スイセンと結びついた所以と言われています。

スイセンの持つ2つの「麻痺」「陶酔」の要素

植物の毒性 
 スイセンの球根や茎にはアルカロイド系の毒(主にリコリン)があり、古くから麻痺作用があることが知られていました。

強烈な芳香
 さらに、原種や古い系統のスイセンは、意識をぼーっとさせるほど濃厚に香ります。この「感覚を麻痺させる(陶酔させる)力」が名前の根源と考えられています

 このように、スイセンがナルキッソスと呼ばれるのは、単に「神話に出てくるから」だけではなく、「その美しさと香りと毒によって、見る者の心や身体を『麻痺(陶酔)』させてしまう花」という、この植物が持つ本質的な力を、古代ギリシャ人が「ナルケー(麻痺)から生まれたナルキッソス」という言葉で捉えたことが、その始まりと考えられています。

香りより、姿重視に変化を遂げた近代のスイセン

 このような語源を持つスイセンですが、私が春の訪れの中で鑑賞したスイセンからは、そのパワーをあまり感じませんでした。奥にはありますが、前面にはそうでもないな、という感覚です。
 それはどうやら、私たちがよく目にする華やかな姿のスイセンは、香りよりも姿を重視して品種改良を重ねた「園芸品種」であることが関係していそうです。

 その毒性と香りから、陶酔の意味を語源に持つナルキッソスの名を冠したわけですが……。確かに、ビタミンカラーのフリルが眩しいスイセンたちからは、ほとんどの品種が香りを持ちません。

 近代でのスイセンが、物理的に陶酔の力が弱められているという背景は、私の受け取った感覚に納得感をもたらしました。

イチイ
イチイ

最近では、香りの価値も見直され、
香りのある品種を作出する動きもあるようです。

2.4 スイセン(ダフォディル)から感じたメッセージ

 強く陶酔を促す「香り」の要素が弱まるという歴史を通ったからこそ、眩しく華やかに咲くスイセンからのメッセージは、一段特徴的なものになっているように思えます。「過度な自己陶酔に溺れているわけではない、自己愛の中のポジティブな面」が汲み取りやすくなっている印象です。

「自分を愛すること」

「適切なナルシシズムを持つこと」

「自信を持つこと」

「自分の姿を省みることを、これから外側へ出ていく季節であっても、忘れないこと」

 一方でやはり、戒めを感じたのも事実。 ナルキッソスの神話において、他者の愛の循環を受け取らず蔑ろにしたことが、ナルキッソスが死にいたる呪いを受けるきっかけとなるのですが。

「神話を模倣してはいけないわ」

「『内省・自分重視』で『他者を蔑ろ』にしてはいけないのよ」

という注意喚起も、響いてきました。

 「自分を大切にする春」「美しさを開示する春」でありながら、「愛の循環を閉じてはいけない」という、両方向のメッセージをこの花は持っている。まさにこれだと思います。

3. まとめ

「ダフォディル/Daffodill」と「ナルキッソス/Narcissus」の差

 さて、ここまで記録を進めた時点で、今回観察していたスイセンたちが、英語圏では「ダフォディル/Daffodill」と呼ぶことを知ります。ここに至るまで、感じて、考察を進めてきましたが、西洋の人が見ると、「あぁ。それは「ナルキッソス」と「ダフォディル」の違いだね!」の一言で終わることだったようです。

春、一茎一輪で、華やかに咲くものは
▶︎ダフォディル/Daffodill

主に「ラッパ部分(副花冠)が大きく、一茎一輪で咲く、黄色い大型のもの」を指す傾向があります。春の歓喜、野に咲く親しみやすさをイメージします。「希望」「再生」「新しい始まり」を花言葉に持ちます。

野生種に近い雰囲気の、香り高く房咲きのものは
▶︎ナルキッソス/Narcissus

主に「房咲きで花が小さく、香りが非常に強いもの(ニホンスイセンの仲間など)」や、原種に近いものを指して使い分ける人が多いです。凛とした静謐さ、古典的な印象。ナルキッソスの神話から連想するような「自己愛」「内省」「孤独な美」「うぬぼれ」「自意識」を花言葉に持ちます。

または学術的な文脈や、少し格式張った表現、あるいは「スイセン属全体」を指す場合にも、「ナルキッソス」と呼ばれます。

 これらはあくまで感覚的な呼び分けらしいので、明確な区分はない、とのこと。ここでは多くは語りませんが、さらにもう1つのスイセンの呼び名である「ジョンキル/Jonquil」を含め、どの品種にどの呼び名を充てるかは、地域や人ぞれぞれだそうです。

 「太陽のようなダフォディル」と「月のようなナルキッソス」。
 同じスイセン属でありながら、この二面性を持って愛されているのです。

ラッパズイセン等/ダフォディル(Daffodill)のエネルギー考察まとめ

 最後に、今回焦点をあててお話ししてきたスイセン(ジョンキル)の記録をまとめます。

  • スイセンの属名「ナルキッソス」は、ギリシャ神話の美少年の名に由来
  • 花言葉「うぬぼれ」「自己愛」はその神話に基づくが、実際に花を前にするとその印象は奥まっている。
    →現代の園芸品種は香りより姿を重視した品種改良の結果であり、陶酔的なパワーは物理的にも薄まっている。
    →その変容を遂げ纏う雰囲気に変化が生じたスイセンを「ダフォディル」と呼ぶ。スイセンの中でもダフォディルの花言葉は「再生」「希望」
  • 開花の時期や花の形や色合い、俯き加減から
    「希望」「再生の喜び」、そして「奥まり土台となっている自意識」の存在。
  • 神話の背景も加味して「適度なナルシシズムを持つこと」「自身を省みること」という「内省し、己を肯定・愛すること」と、「『内省・自分重視』で『他者を蔑ろ』にしてはいけない」という注意喚起と、両方向のメッセージをこの花は持っている。

 春、西洋では華やかなスイセンを町中に植えて、開花期のスイセン(ダフォディル)を、光の到来・再生の象徴として大変愛ているそうです。イースターの時期には、再生の象徴として教会にデコレーションに相応しいとされています。

今日では、最もよく知られ、最も愛されている春の花であることはほぼ確かでしょう

『花を愉しむ事典』J.アディソン著.ラッパズイセン(Daffofill)の項目より

 春、華やかに咲くダフォディルを見かけたときは、少し足を止めて。このビタミンカラーの華やかな花に意識を合わせて、ダフォディルとともに、春の訪れの喜びを味わってくださいね。

神話と伝説にみる花のシンボル事典』 杉原梨江子著. 説話社. (2017.6)

花を愉しむ事典 : 神話伝説・文学・利用法から、花言葉・占い・誕生花まで』 J.アディソン著 ; 樋口康夫, 生田省悟訳. 八坂書房. (2007.5)

美しい花言葉・花図鑑 : 彩りと物語を楽しむ』 二宮孝嗣著. ナツメ社. (2015.11)

球根草花図鑑500』 英国王立園芸協会編 ; 英国王立園芸協会日本支部訳. 日本ヴォーグ社. (1998.4)

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